Peutz-Jeghers症候群 一般の皆様へ
ポイツ・ジェガース症候群は、食道を除く全消化管に良性の過誤腫性ポリープが多発するポリポーシスと皮膚・粘膜の色素斑を伴う、稀な疾患です。小児慢性特定疾病に認定されており、小児期は医療費助成などの支援が受けられます。
私たちは、ポイツ・ジェガース症候群の小児から成人の患者さんが、適切な医療を受けながら日常生活を送っていただけるように、厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)を交付いただき活動しています。
同じ病気であっても、発症の年齢やポリープができやすい部位などはお一人ずつ違います。ただ、すべての患者さんにおいて、『小児期から小腸を含む消化器内視鏡検査を行い、ポリープを内視鏡で治療し、お腹の手術をできる限り回避する』ことがとても大切です。また、主に成人期においては胃腸以外の腫瘍のサーベイランスも必要になります。皮膚や唇の色素沈着が気になる方には、色素沈着を目立たなくする治療法があります。
定期的に病院で検査や治療を要しますが、消化管のポリープが適切に治療され、消化管内外に治療を要する腫瘍がない状態であれば、学校・職場・家庭での生活は通常通り行っていただくことができます。
近年、一部の患者さんでは病気の原因となる遺伝子の先天的な変化が明らかになりつつあります。患者さんの遺伝子の変化は、家系内で世代を超えて受け継がれることがわかってきました。患者さんが高校生になる頃から、遺伝カウンセリングをおすすめします。
本研究班のホームページでは、ポイツ・ジェガース症候群の患者さんの受け入れが可能な医療機関をお示ししています。また、「小児・成人のためのPeutz-Jeghers症候群診療ガイドライン(2020年版)」のクリニカル・クエスチョンについて、一般の皆様に向けた解説を紹介しています。
ポイツ・ジェガース症候群の診療に関し、お問い合わせ等があれば、ホームページに記載されている研究代表者宛にご連絡をください。
一般の皆様向けの動画
病気の解説
- 1.「Peutz-Jeghers(ポイツ・ジェガース)症候群」とはどのような病気ですか
ポイツ・ジェガース症候群は、胃・小腸・大腸に良性の過誤腫性ポリープが多発するポリポーシスと、くちびる、口の中、指先などの皮膚・粘膜に小さなほくろのような色素斑が出現する、まれな病気です。
- 2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
日本に700名程度いると推測されています。
- 3. この病気はどのような人に多いのですか
全世界で認められ、人種間での偏りや男女差はないとされています。遺伝性疾患であることから患者の血縁者は同じ疾患を発症する可能性が高くなります。ただし、血縁者にポイツ・ジェガース症候群の患者がおらず、一人だけ病気を発症する患者さんも少なくありません。
- 4. この病気の原因はわかっているのですか
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ポイツ・ジェガース症候群の原因は第19番染色体短腕上(19p13.3)に存在するSTK11遺伝子の病的バリアント(病気が発症する原因となる遺伝子の配列異常)が病因であると考えられています。STK11遺伝子の病的バリアントによりどのような機序で過誤腫性ポリポーシスや色素斑をきたすのか、まだ詳しいメカニズムはわかっていません。
- 5. この病気は遺伝するのですか
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この病気は、「 常染色体顕性遺伝(優性遺伝) 形式」という遺伝形式で遺伝します。確率論的にはポイツ・ジェガース症候群の親からポイツ・ジェガース症候群のお子さんが生まれる確率は50%ということになります。
- 6. この病気ではどのような症状がおきますか
くちびる、口の中、指先などの皮膚・粘膜に小さなほくろのような色素斑が認められます。ポイツ・ジェガース症候群の過誤腫性ポリープは十二指腸から上部空腸に認められることが多いです。大きくなった過誤腫性ポリープは小腸の中でお尻側に引っ張られて小腸がお尻側の腸管と重なってしまうことで小腸が詰まってしまう腸重積を発症し、腹痛や嘔吐などの症状が起きることがあります。ポリープが15mm以上の大きさになると腸重積を起こす可能性があります。ポリープから少しずつ出血し、黒い便や貧血を認めることもあります。
- 7. この病気にはどのような治療法がありますか
過誤腫性ポリープは内視鏡の先から出した輪状の電気メスを使って切除することができます。1回の内視鏡でたくさんのポリープを治療するためにポリープの根元をクリップや糸でしばって、血流を遮断して脱落させる阻血治療も行われています。内視鏡で治療ができない大きなポリープに対しては腹腔鏡下手術や開腹手術により切除します。手術を繰り返すときずあとの内側に腸管がくっついてしまい(癒着)、内視鏡に都合のよい形になりにくくなって、その後の内視鏡治療が難しくなります。できるだけ手術を避けて、内視鏡による治療を行うことが望ましいです。色素班はレーザー治療で目立たなくすることができます(レーザー治療は保険適用がないので自費診療になります)。
- 8. この病気はどういう経過をたどるのですか
小児期にくちびるの色素班により疑われることが多く、10歳代で大きくなった小腸ポリープにより腸重積を発症し、内視鏡による治療や開腹手術が必要になり、その時点で診断されることが多いです。過誤腫性ポリープは切除しても新たに別のポリープが出現してくるため、繰り返し治療を行っていく必要があります。Peutz-Jeghers症候群の方は腸管に限らず体のいろいろな部位にがんを発症する危険性が高いため、定期的に検査したほうが良いといわれています。
- 9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか
過誤腫性ポリープは大きくなるまで症状がみられないため、症状がなくても治療が必要なポリープがないか、定期的に検査を行う必要があります。がんの早期発見のための検査も行っておくことが望ましいです。
診療ガイドラインで推奨されている検査や治療の解説
出典:山本博徳、 他 小児・成人のためのPeutz-Jeghers症候群診療ガイドライン(2020年版)
遺伝性腫瘍20,59-78,2020.
クリニカルクエスチョン1
Peutz-Jeghers症候群の診断基準を満たしている患者さんに、ご本人の遺伝学的検査(遺伝子の変化をみる検査)を行うことが推奨されるか?
ポイツ・ジェガース(Peutz-Jeghers)症候群と診断された患者さんの80%以上に原因遺伝子であるSTK11遺伝子の病的バリアント(病気が発症する原因となる遺伝子の配列異常)が認められます。しかし、どこに病的バリアントがあるかによって、ポリープやがんがよりできやすくなるというようなことはわかっておらず、それを調べることにより患者さん本人に対する利益は大きくはありません。このため診断のために遺伝学的検査を行うことはお勧めしておりません。
しかし患者さんの病的バリアントが分かっていれば血縁者がポイツ・ジェガース症候群であるかどうかを遺伝学的検査で調べることがより簡単にできますので、その意味では遺伝学的検査を行う意味はあります。
ポイツ・ジェガース症候群の診断基準を一部満たす患者さんに対して遺伝学的検査を行い STK11遺伝子の病的バリアントが見つかればポイツ・ジェガース症候群と診断することができますので検査をすることを検討してよいと考えます。
しかし現在のところポイツ・ジェガース症候群に対する遺伝学的検査は保険適用となっておらず、自費診療になります。ポイツ・ジェガース症候群に対する遺伝学的検査は一部の施設のみで行うことができます。
クリニカルクエスチョン2
Peutz-Jeghers症候群において消化管病変のサーベイランスと治療は推奨されるか?
ポイツ・ジェガース(Peutz-Jeghers)症候群は、消化管全体にポリープが発生することが知られています。その頻度は胃で24%、小腸で96%、結腸で27%、直腸で24%と高率です。特に小腸のポリープは大きくなり出血や梗塞、腸閉塞、腸重積の原因となります。またがんになる可能性も一般集団と比較して高いとされ、一生涯の間に胃で29%、小腸で13%、大腸で39%ががんになると言われています。このため定期的に胃、小腸、大腸の内視鏡検査を行い、腸重積や出血などの症状を引き起こすような大きさのポリープやがんを早い段階で発見することが必要と考えます。
消化管のポリープは10歳までに発生してきますが、出血や梗塞、腸閉塞、腸重積などで発症するのは20〜30歳までが一般的です。腸閉塞の初発年齢の中央値は16歳(3〜50歳)で、その50%は20歳までに発症すると報告があります。がんの発生に関しては早いものでは胃で7歳、大腸は12歳で発見されたとの報告があり、子供でもがんができる可能性があります。したがって初回の検査は8歳頃を目安に内視鏡検査を行うことをおすすめします。
一般的に15mm以上の小腸ポリープが腸重積の原因となります。したがって10〜15mmよりも大きいポリープや症状を伴うポリープ、急速に増大するポリープは切除するのがよいと考えます。切除はバルーン内視鏡を用いて内視鏡的に切除することで外科的治療を避けることができると報告されています。
クリニカルクエスチョン3
Peutz-Jeghers症候群において消化管外病変のサーベイランスは推奨されるか?
ポイツ・ジェガース(Peutz-Jeghers)症候群の患者さんでは、全てのがんが発生する危険性は40歳を超えると高くなり、60歳以上になると半数以上に何らかのがんを認めるといわれています。臓器別では、乳がん (24-54%)、 卵巣がん (21%)、 子宮頸がん (おもに頸部腺がん)(10〜23%)、 子宮体がん (9%)、 精巣腫瘍 (9%)、 肺がん (7〜17%)、 膵臓がん (11〜36%)と報告されています。また、その発症年齢の平均値(もしくは中央値)は、乳がんが32〜37歳、卵巣がんが28〜31歳、子宮頸がんが32〜40歳、子宮体がんが32〜43歳、精巣腫瘍が6〜9歳、肺がんが32〜47歳、膵臓がんが40〜53歳と報告されていますが、ポイツ・ジェガース症候群の患者さんの数が少ないため、正確な頻度や発症年齢はわかっていません。
がんは早期に発見した方が治癒できる可能性が高くなるため、症状が表れる前に発見できるように検査を受けていただくとよいのですが、検査に伴う身体的、経済的負担や、検査によってはX線被ばくを伴うものもあり、若い頃からX線被ばくを繰り返すことによる二次発がんの危険性などといった不利益もあります。どのような検査をどのような間隔で行うかは利益と不利益のバランスを考えて決める必要があります。今の時点でバランスが取れていると思われる検査方法をお示します。現在のところ、これらの検査を行うことによってがんがより早く見つけることができたというような報告はまだありませんので、今後の調査が必要であることをご理解ください。
乳がん
25歳から1年間隔で、乳房MRI/超音波検査またはマンモグラフィーを行うことが勧められます。また、ご自身で18歳ごろから触診による自己検診をおこなうとよいでしょう。
卵巣がん
18~25歳から1年間隔で、MRIまたは超音波検査を行うことが勧められます。CA125といった腫瘍マーカーの測定はあまり有用ではありません。
子宮頸部腺がん
18~25歳から1から3年の間隔で頸部スメア法による細胞診検査を行うことが勧められます。
子宮体がん
18~25歳から1年間隔で、内診または超音波検査を行うことが勧められます。
精巣腫瘍
誕生から1年毎に精巣の触診検査を行い、異常、もしくは女性化乳房(おっぱいのふくらみ)がみられた場合に超音波検査を行うことが勧められます。
肺がん
禁煙することが勧められます。
膵臓がん
30歳から1〜2年間隔でMRIまたは超音波内視鏡検査を行うことが勧められます。
クリニカルクエスチョン4
Peutz-Jeghers症候群の色素斑に美容上の効果を期待した治療は推奨されるか?
ポイツ・ジェガース(Peutz-Jeghers)症候群の患者さんの色素斑に対するレーザー治療には様々な方法がありますが、いずれの方法でも改善効果が得られたと報告されています。
ポイツ・ジェガース症候群の患者さんの数が少ないため、少数の患者さんで効果があったという報告が多いのですが、Qスイッチアレキサンドライトレーザーを使ったいくつかの報告を合わせると60人の患者さんに治療されています。そのすべての患者さんの色素斑が目立たなくなっています。
さらにその中の一つの報告では14人の患者さんを治療後2年間(中央値)様子を見ても色素斑が増えなかったとのことです。現在のところ、色素斑に対するレーザー治療は保険適用がありません。
このため治療を行う場合は自費診療になります。
レジストリ
レジストリ(疾患登録システム)とは、ある特定の疾患の患者さんを登録し、患者さんの性別や年齢などの基本情報と疾患の特徴に関する情報(症状、身体所見、検査結果、治療内容など)を集めたデータベースになります。患者さんの数が少ない疾患では、一つの医療機関で診療している患者数が少ないため、疾患の特徴をつかむことが難しいです。レジストリにより複数の医療機関からできるだけ多くの患者さんの情報を集めることで患者さんの数が少ない疾患であってもその特徴を把握し、より良い検査方法や治療方法を見つけることができるようになることが期待されます。
ポイツ・ジェガース症候群は日本において推定患者数が700人と患者数の少ない疾患です。消化管ポリポーシスの大きさや数と治療内容、合併した腫瘍、遺伝学的検査を含めた情報の集積と解析を行い、患者さんとご家族、この疾患に関わる医療従事者に役立つ証拠(エビデンス)を得ることを目的にして、2024年3月に自治医科大学附属病院医学系倫理審査委員会の承認を頂き、法規に従った上でレジストリの運用を開始いたしました(Peutz-Jeghers症候群前向き登録コホート研究)。
https://center6.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr_view.cgi?recptno=R000061493
全国の医療機関(2024年3月時点で20医療機関)に御協力頂いた上で、症例登録および調査を行っております。現在通院されている医療機関からレジストリへの登録の提案があった際には、ご検討をお願いします。